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44●鯨の歌


 ザトウ鯨は、モーツァルトと同じ作曲法に基づいて15分から20分にも及ぶ音楽(歌)をつくり、歌っていると言っても俄に信じる人は少ないだろう。この事実を発見したのが、「地球交響曲 第六番」の出演者、海洋生物学者のロジャー・ペイン博士だ。彼は水深400メートルの深海で録音した一頭の鯨の歌を得意のチェロで楽譜にうつし、分析してこの事実を発見したのだ。その歌の構造は、みごとなソナタ形式になっていた。最初にまずテーマのフレーズがあり、そのテーマを次々に変化させながらまた元のテーマに戻り展開してゆくというA・B・……A、という作曲法だ。私達は、音楽は高度な知性を持つ人類によって初めてこの世に創造されたと信じている。まして聴く者を心地良く陶酔させてくれるモーツァルトの室内楽などは、人類の中でも飛び抜けた天才であるモーツァルトによって初めてこの地上に姿を現したものだと思っている。確かに、楽器を使って音楽を作るというのは人類だけに与えられた能力だ。しかし、私達とは比較にならない程の高度な音(声)に対する能力を駆使して歌う鯨達の歌が、人類と同じ作曲法に基づいているのだとすれば、鯨達もまた"天才"であると言えないだろうか。
  ロジャー・ペイン博士は、音楽を生み出す根源の力、その構造の源は、宇宙創造の時にある、と言う。私達が棲むこの宇宙は、およそ127億年前、物質もエネルギーもなにもない「無の虚空」から、突如起こった大爆発・ビッグバンによってこの世に生み出された、と現代の物理学は説明している。この時生み出された超低周波から超高周波までの音の波(波動)が、この世に存在するあらゆる物質、生命体から銀河系までを形づくっている、というのだ。私達が、ほとんど無意識のうちに心を揺さぶられ、宇宙の彼方に連れ去られるような感動を覚える音楽の構造の源は、今も宇宙の虚空に満ち満ちているこの波動にある、というわけだ。
  ロジャー・ペイン博士はこう説明する。
「鯨達は、およそ4千万年前、陸から海に還っていった私達哺乳動物の仲間です。彼らは2千万年前、すでに今の人類と同等の深いシワの刻まれた大きな脳を持っていました。海で進化を遂げた彼らと、陸で進化を遂げた私達との間には数千万年にわたって直接の文化交流はありませんでした。彼らは彼らで、私達は私達で、独自の道を通って"音楽"を生み出し進歩させてきたのです。にもかかわらず、この2つの種が同じ構造で"音楽"をつくるということは、そのルーツが2つの種よりはるか以前にあるということを意味しているのです」。
  最近わが国では「鯨を食うのは伝統の食文化だ」と唱えて、捕鯨再開を叫ぶ人達がいる。 ただ味の趣味だけのために、高度に進歩した武器を使って鯨を殺すのが"文化"なのか、それとも、彼らの歌に触れ、私達よりはるかに長く地球環境と調和しながら生きてきた彼らの生き方に学ぶのが文化なのか、誰が見ても明らかなことだと思うのだが。
 

デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2006年10月号


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