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29●音楽の共時性(2)

 先月号に続いて、音楽が引き起こす共時性(シンクロニシティ)の話をもうひとつ書いてみよう。地球交響曲第二番「佐藤初女」編の撮影の時の話だ。
  初女さんはおむすびひとつで人の命を救ってしまう素敵なおばあちゃん、青森県弘前市に住んでいる。
  そんなおばあちゃんがいる、という話を聞いてすぐに青森へ飛んだ。彼女の経歴や活動内容はほとんど知らず、ただこのおばあちゃんには必ず何かがある、と直感的に感じてすぐに会いに行ったのだった。 初女さんが主宰する癒しの家「森のイスキア」は、霊峰岩木山の中腹、3メートル近い雪に埋もれるようにあった。
  2日間雪の中で初女さんの生き方、食についての考えを聞き、私が長年捜していたのはこの人だった、と気付いてすぐに出演をお願いした。
  雪に埋もれた「森のイスキア」の風景も、私が長年夢みていた風景そのものだった。雪解け前に撮影を開始したい、そう思った。頃は三月末、あと半月もすれば雪が解けてしまう。私は東京のカメラマンO君に電話をし、10日後に撮影を開始したいのでスケジュールをあけてくれるよう依頼した。電話口での彼の返事はあいまいだった。
「監督が帰京されたらすぐに会いに行きます」と言った。後に分かったことだが、彼は断るつもりでいた。すでにスケジュールが決まっており無理なのだが、電話で断るのも気が引けるので「会いに行きます」と言ったのだった。
  さて、森のイスキアには古びたプレイヤーとたった二枚のCDがあった。一枚をかけてみると、その曲はまるで中世ヨーロッパの教会の中から聴こえてくるような雰囲気があり、イスキアの窓外に舞う春の雪や、台所仕事をする初女さんの後姿によく似合う。この曲は必ず佐藤初女編に登場する、と確信し版元を調べた。「女子パウロ修道会」とあった。クリスチャンである初女さんに友人が贈ったものだった。
  一般に市販されていないこのCDを手に入れるのは難しいだろう、と思い版元の住所を見た。東京都港区赤坂四丁目、なんと当時の私の事務所のすぐ隣ではないか。ふだんよく近所でみかける修道女たちは「女子パウロ修道会」の方たちだったのだ。
  東京に帰った日、私は修道会に寄ってこのCDを買い求め、部屋で聴きながらカメラマンO君を待った。ノックの音がしてO君が部屋に入って来た。 入った途端、O君は頬をひきつらせて立ち尽くし、こう叫んだ。
「監督、なんでこの曲を聴いているんですか!」
  話はこうだ。O君は一ヶ月前父親を亡くした。傷心の彼を慰めるため、友人であるつのだたかし氏が自分の演奏したCDを贈った。O君は毎朝このCDを聴いてから仕事に出かけていた。もちろんこの日の朝も、この曲を聴いてから私の事務所に向かった。すると私がこの曲を聴いていた。私はつのだ氏を知らなかったし、O君との関係も知らなかった。
 O君が全ての仕事をキャンセルして一年間に渡る「佐藤初女」編を撮ってくれたのは言うまでもない。

デジタルTVガイド・連載『地球のかけら』 2005年6月号


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